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オートファジーでノーベル賞
オートファジー研究の最前線を走る日本とアンチエイジングの未来

これまでの記事ではオートファジーについて、その仕組みや機能、私たちの健康における役割などを見てきました。

今や世界中で競い合うように活発な研究が行われ、毎年1万報以上もの論文が発表されています。

しかし、このオートファジー研究の第一線を走っているのが実は日本だということをご存じでしょうか。

今回は、改めてオートファジー研究の歴史と現在地を確認し、少しばかり未来へも思いを馳せてみたいと思います。

オートファジー命名

近年非常に大きな注目を集めているオートファジーですが、この発見は意外にも半世紀前にまで遡ります。

電子顕微鏡で飢餓状態にしたラットの肝臓細胞を観察すると、細胞質の一部を包み込んでいるような袋(オートファゴソーム)がたくさん見られました。1963年、ベルギーの生化学者クリスチャン・ド・デューブはこの現象を「オートファジー」と命名しました。

「オートファジー(autophagy)」という言葉は、ギリシャ語の”auto-”と” phagein”(それぞれ「自分」、「食べる」の意味)から来ており、生化学的解析などの難しさからメカニズム解明に時間を要しましたが、30年近くの時を経てついにブレイクスルーが起こります。

ブレイクスルーをもたらした世紀の大発見

このブレイクスルーをもたらしたのが、大隅良典先生(現東京工業大学 栄誉教授)でした。

大隅先生は「人がやらないことに挑戦する」と、光学顕微鏡で観察可能な唯一のオルガネラ(細胞小器官)だった液胞を研究対象に、顕微鏡を毎日長時間のぞき込んで観察していました。

そして1992年、出芽酵母でのオートファジーを世界で初めて観察することに成功。発見当時、大隅先生は「面白いことを見つけた!」と会う人ごとに話していたそうです。

続いてオートファジーに必要な遺伝子群を発見、これらの成果をまとめた論文が『Journal of Cell Biology』誌に発表されました。この論文はアメリカの細胞学者の間で大きな注目を集め、「なんでこんなに大事な現象を誰も見つけられなかったのか」と騒ぎになっていたとか。

大隅先生のこの発見をきっかけに研究の扉が一気に開かれることとなり、オートファジーのシステムは、細胞の最も基本的な機能として理解されるようになっていきました。

哺乳類研究で起きたもう一つの大躍進

1996年、大隅先生は基礎生物学研究所に教授として着任した際、哺乳類を専門とする細胞生物学者の吉森保先生(現大阪大学医学系研究科保健学 特任教授)を助教授として招き入れました。オートファジーの研究がヒトを含む哺乳類で今後重要になってくるだろうという予見によるものでした。

吉森先生は哺乳類でのオートファジーの仕組み解明に取り掛かり、やがてその後の躍進に繋がる大きな発見がありました。(イラスト箇所参照)

この発見によりさまざまな解析が可能になり、世界で初めてオートファゴソーム形成の様子を動画収録することに成功するという成果に繋がりました。

2000年、吉森先生はタンパク質LC3がオートファゴソームの目印となることを示した論文を『The EMBO Journal』に発表しました。すぐにLC3はオートファゴソーム観察の際のマーカーとして世界中で定番化し、現在に至るまで、吉森先生の論文はこの分野で最も多く引用されています。

人間とオートファジー、そしてノーベル賞

オートファジーの研究は加速度的に進歩していき、「栄養源の確保」「代謝回転」「有害物の隔離除去」これら3つの、生体にとって極めて重要な機能を持っていることが分かってきました。なかでも、私たち人間を含む多細胞生物にとって代謝回転と有害物の隔離除去は非常に重要であり、これらが正常に働かないと細胞が機能不全を起こして疾患になってしまうのです。

生活習慣病を含む多くの疾患についてオートファジーがその発症を抑制していることが分かるに従い、さらに多くの研究者が興味を持つことでこの分野が急激に成長していくこととなりました。

そうして2016年、大隅先生は「オートファジーの仕組みの解明」でノーベル生理学・医学賞を受賞します。

受賞後初の記者会見で、大隅先生は「吉森さんと水島さん(現東京大学大学院医学系研究科教授)と3人で受賞すると思っていた」と語っていたそうで、人間とオートファジーの関係解明につながっていく吉森先生の果たした功績もまた非常に大きなものであったことが伺えます。

オートファジーの鍵を握る“ルビコン”

オートファジーの機能が低下すると様々な疾患が発症または悪化することが明らかになってきたのですが、その疾患は非常に多岐にわたっています。

生活習慣病であり日本人の死因上位を占める心疾患、脳血管疾患などの他、高齢になるほど発症しやすくなるアルツハイマー病、パーキンソン病など現代人に特有の疾患にもオートファジーは大きく関わっています。

オートファジーの機能を向上させることによるこれらの疾患予防や治療法開発への期待はますます高まっているなか、ここでも吉森先生はオートファジー研究の歴史に大きなマイルストーンとなる成果を残しています。

それが、タンパク質「ルビコン」の発見です(新発見のタンパク質であったため、ルビコンと命名したのも吉森先生でした!)。吉森先生は、高脂肪食を続けた時の肝細胞内にルビコンが増えることや、それ以外にも加齢によっても様々な細胞内にルビコンが増えることを発見し、そして、それらの細胞のオートファジーの機能低下が見られることを突き止めたのです。

治療・予防から化粧品・サプリまで広がる波

こうして、オートファジーの機能低下を防ぐ目的でルビコンの働きを阻害する薬の研究・開発が活発に行われています(並行して他のアプローチでオートファジーを促進する薬剤の開発も行われています)。

この流れのなかで注目を集めてきたのが、オートファジーと老化の関係です。実は、ルビコンは老化についても重要な役割を果たしていることが分かってきたのです。

マウスなどを用いた実験で、ルビコンを抑制するとオートファジーが活性化されて寿命が延び、さらに老化現象の進行も緩やかになったり改善したりすることが分かりました。

また、医療分野以外にも化粧品やサプリメントの領域にもオートファジー研究の波は広がっています。

化粧品分野では、オートファジーを活性化することでシミやしわの改善、肌のはりを取り戻すといった化粧品の登場が期待されています。(オートファジー促進による、加齢や紫外線などからのダメージ改善を謳った化粧品が続々と登場していますが、なかには何による効果なのかの検証が不十分なものも混じっているようです。)

食品・サプリメントの分野では、オートファジーを活性化する成分として、ザクロやベリーの腸内代謝物であるウロリチンAや赤ワインやブドウに含まれるレスベラトロール、納豆、味噌、醤油などの発酵食品に多く含まれているスペルミジンなどが続々と発見されており、相乗効果のある組み合わせも見つかってきています。

“アンチ”を超えて“ビヨンド”エイジングへ

世界的に広がりを見せるオートファジー研究ですが、これをリードしているのは他ならぬ日本なのです。書かれた論文が他の論文にどれだけ引用されているかが一つの指標ですが、オートファジー分野における著者別の被引用数で日本人が1~4位までを独占しています。

世界の第一線を走り続ける日本のオートファジー研究ですが、ビジネスを通してその成果を社会に還元して健康長寿に貢献しようと、吉森先生は2019年に株式会社AutoPhagyGO(オートファジーゴー/略称APGO)を立ち上げました。吉森先生は、ここで得られた資金を基礎・臨床研究へ投資するという循環型システムを目指しています。

この理念に共感したUHA味覚糖株式会社は、同社と共同研究を行っています。具体的には、オートファジーを促進する天然の食品成分を用いたサプリメントや食品の開発、老化の指標となるヒトのオートファジー活性を簡便に測定する方法の開発に取り組んでいます。

すでに訪れつつあるアンチエイジングの新しい形——オートファジーの活性化によって細胞の健康を保ちながら老化を防ぎ、内側からきれいで若々しい身体の健康寿命を維持していくケアのあり方、それは“アンチエイジング”を超えた“ビヨンドエイジング”と呼べるものではないでしょうか。

いつまでも若々しく健康な人生を送っていくために、日進月歩で進化を遂げているオートファジー研究と、そこからもたらされる製品や手法の開発状況から目が離せませんね。